バナナの吊り方と、思い出した継ぎはぎコードと、レイの戦記ログ

バナナを吊るすとき、最後の一本がどうにもうまく吊るせなくて長年悩んでいた。
でも、こうやればいいのか、という小さな発見。

なんてことのない日常だけど、こういううまくいかない問題をどうにかするという思考の積み重ねが、今の私を形作っている気がする。

最近、WordPress自体を更新しようとして、手が止まっている。
以前、プラグインの更新で盛大に爆発させて、ブログを一度完全に吹き飛ばしたことがあるからだ。
あの時の真っ白な画面を見た絶望感と、復旧のためにかけた時間は、忘れない。

また小説をかいた。
今回はまじめなやつだよ笑。

主人公のレイは現場の泥臭い仕様書と戦っているけれど、あれは私の若かりし頃の姿そのものだ。
当時、書いていたCOBOLのコードといったら、酷いものだった。

『この場合用』『これの時は動いた』なんてコメントアウトを、まるで継ぎはぎだらけのパッチワークのように詰め込んでいた。
整合性なんて言葉は辞書になく、まさに動けばいい一心で積み上げた、ちぐはぐな遺産。
レイなら、間違いなくデバッグ対象として抹殺するだろう。

でも、そうやって壊しては直し、爆発させては再構築する。
そんな不毛な試行錯誤の中にしか、真実はないのだと思う。

私はと言えば、バナナを吊るす位置を調整し、爆発したWordPressを思い出すという、別の意味で不毛な一日を過ごしている。
でも強要される不毛よりは、自分で選ぶ不毛の方がずっとマシだ。

そんな、戦うすべての人へ。
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仕様書は3重構造、残業はステルス、上司は歩く脆弱性