「勇気を出せ」の先を、言わない。

今日、あるオンラインセミナーを受けていた。

途中、私は猛烈にランチへ行きたくなった。
しかも少し前まで、その選択肢は実際にあった。

自分で断った。

……判断が遅い。

行きたかったぜ、ランチ。

そんなことを考えながら画面を見ていて、ふと思った。

人は、説明されすぎると考えなくなるのかもしれない。

私はてっきり、著者ご本人が出てきて話すものだと思っていた。
実際にはその人の映像を流しながら、別の方が進行する形式だった。

長く説明する進行より、2分だけ話した参加者の言葉の方がずっと残った。

そのとき、最近自分が書いている小説のアヒルを思い出した。
こいつは、ほとんど説明しない。

「勇気を出せ。」と言う。

「何に?」と聞いても、

「知らん。」と言う。

ひどい。
役に立たない。

でも最近、この役に立たなさが大事なのかもしれないと思っている。

そんなアヒルとの物語が、気づけば第19話まで来た。
➡︎カクヨム連載中「伝道師」

「7年後を考える」が力になる人もいる。
でも、今日という一日を生きることの方が切実な人もいる。

「限界まで走る」が響く人もいる。
でも、走れない身体で今日を過ごしている人もいる。

だから私は、自分が何かを伝えるとき、相手の答えまで決めたくない。

何の勇気を出すかは、受け取った人が決められる。

昨日の私にとっては、昔からの友達に自分の小説を送ることだった。

今日の私にとっては――
ランチだったかもしれない。

「勇気を出せ。」
……今日の私には、もう少し早く言ってほしかった。
まあ、アヒルはいなかったんだけど。

あなたにとって今、
「勇気を出せ」と言われて思い浮かぶことは何だろう。

よかったら、聞かせてください。
お便りはこちら